日常という膜に覆われている

毎日仕事が忙しい、やることいっぱい、生活で手一杯。じゃあ、その忙しさは「何を犠牲にして」成立しているのか?

忙しいと言いながら安心して仕事して、スタバでお茶飲んでる間に、自分が安全に暮らすためのリスクを、ごく一部の人たちが背負い、今日も戦い続けている現実がある。


・沖縄の現実を直視すると忙しくも楽しい日常が崩れていくのがつらいから、見ない。

・ニュースの報道自体少ないが、といって自分から進んで沖縄の現状を知ることも無い。

・向き合っても自分に解決できる問題ではないし、楽しくない気分になるからスルーする。


そのようにして、快適な生活の膜の中に留まり続けていること自体が、暴力的。

やめたくてもやめられない私は加害者だ。

読んでるあなたは、自分自身のことをどう思いますか。



自分の正義を疑い、知識をつけ、生の声を聞いて身体的に理解する(沖縄の人と話す、沖縄に行く)。そして加害者としての自分を疑い、向き合い続ける。

日常の膜を、多くの人が破っていく心が必要だと思うのですが。


以上、福岡に住む一個人の視点で、自分自身に、そして周りに思うことでした。(三輪)

FIRBO

本土に沖縄の米軍基地を引き取る福岡の会 Fukuoka Initiative for Return of U.S. Military Bases in Okinawa to Mainland Japan